新米学校司書がゆく!ぎばのブログ

本のページをめくるように、日々をワクワク過ごしたい。

あしながおじさんとイマドキ読書、おやつはシュークリーム

こんにちは、ぎばです。

土日は暖かかったですが、また気温が下がっています。三寒四温。こうして少しずつ春が近づいてくるのですね。

さて、今日はこんな本を読んでみました。

 

あしながおじさん』 ジーン・ウェブスター作 / 谷口由美子 訳

岩波書店より2002年出版のものです。

 

作者のジーンは1876年にニューヨーク州で生まれました。あしながおじさんは1912年に出版された、彼女の代表作です。誰でも子どもの頃に一度は読んでいる、と言っても過言ではない古典児童文学です。

 

物語は、孤児院で育ったジュディという17歳の女の子が、ある資産家から援助を受け、大学生活を送るというものです。ただし援助をしてくれている人物の本名すら知らされず、学費や小遣いを援助する代わりに毎月手紙を送るようにと指示されジュディはそれに従います。生まれて初めて孤児院を出て、勉学に励み、友達を作り、大学生活をエンジョイする様を、”あしながおじさん”と名付けた支援者に向けて手紙に綴るのです。

 

内容はすべて、ジュディによる手紙の文面で構成されています。時に幸せいっぱいに、時に喧嘩腰に、事務的な文面もあれば、からかうような内容の時もあり、ジュディの感受性につい読者も笑顔がこぼれます。この文庫は小学5.6年生以上を対象としており、とても読みやすい文章でありながら、品格を損なわない丁寧な訳文で大人が読んでも読みごたえばっちりでした。私も子どもの頃に読んだことがあると思うのですが、ほとんど覚えておらず、今回真新しい気持ちで読み直すことが出来ました。

 

作品の中で、ジュディはとても大切なことを教えてくれます。

 

人生で最も大切なものは、はなばなしい大きな喜びなんかじゃありません。ささやかな喜びの中に、多くの楽しみをみつけることがとても大事なんです―――あたし、幸せになるほんとうの秘訣を見つけました。おじさん、それはね、今を生きる、ということです。いつまでも過去をくやんだり、将来を思いなやんだりするのではなくて、今、この瞬間を最大限に生かすことです。(本文より)

 

ジュディが大学で出会った友達は、みな家庭環境の良い裕福な家の娘ばかりでした。ジュディは自分が孤児院育ちであり、家族を持っていないことを誰にも打ち明けません。華やかなキャンパスライフを送る一方で、自らの境遇を忘れず、葛藤する場面もたくさん出てきます。しかし大学生活を送るきっかけをくれたおじさんには常に感謝し、また自らの努力を怠ることなくまっすぐに生きていく様子が、読んでいてほんとうにさわやかです。

 

自分が幸せであることに気づいていない女の子たち(ジュリアもその一人)を、あたしはたくさん知っています。幸せに慣れっこになっていて、気持ちが麻痺しているんです。でも、あたしはちがいます―――あたしは自分が幸せであることを、一瞬たりとも忘れてはいません。これからどんないやなことがおころうとも、ずっと幸せでいようと思います。いやなことさえ(歯痛でも)、おもしろい経験だと考えることにし、それがどんなものかわかってよかったと思えばいいんです。(本文より)

 

私も思わず自省の念にかられました。ほんとにね、その通り。現代を生きる私たちは、多くを望みすぎているようです。

 

この物語が書かれたころ、参政権が認められないなど女性は社会的弱者の立場にたたされていました。女は勉強などしなくてもよい、という時代です。ですが、ジュディは学ぶこと、本を読むこと、書くことに幸せを感じ、夢中になってそれらを楽しんでいます。ただ何となく日々を過ごすのではなく、やりたいことをどんどん見つけ、挑戦し、失敗したりしながらも立ち向かっていくジュディの姿は、現代の子どもたちにもきっと鮮烈に映るでしょう。小学校高学年という思春期の入り口で、ぜひとも(できれば親子で)読んでみてほしい一冊です。

 

そして、なぜいきなりこのような古典を手に取ることにしたかというと、この本の影響でした。

 

『ぼくは本を読んでいる。』 ひこ・田中 作

 

これは、あるベテラン学校司書さんの本でおすすめとして紹介されていた一冊でした。新しい本で2019年に出版されています。

 

主人公のルカは小学五年生の男の子。ある日、両親の本部屋で表紙カバーのついた古い本を見つけ読み始めます。それは、『小公女』や『あしながおじさん』といった古典児童小説で、現代の小学生の目には面白く、不思議で魅力的なものがたりにうつりました。ルカが本を読みながら考えたこと、感じたことと、実際の小学校生活や友達との会話、共働きで忙しい両親との会話などが並行して進んでいきます。作中には今と昔の違い(ネットが普及する前、スマホのなかった時代について)や、本の読み方(時代によって異なる訳者・訳文、わからない語彙を辞書で調べながら読むなど)に関わる要素も多く含まれており、とても読みごたえがある児童書でした。

イマっぽいな~と感じる登場人物たちのやりとりと、主人公が読みすすめる古典児童小説の熱量とが相まって不思議なボリュームを感じました。生クリームとカスタードクリームの両方がつまったシュークリームみたいな感じです。

 

本を読むことが、別の本を読むきっかけになる。読書の世界はつながっています。

それにしても名作はやはりすごいですね。時代を超えて、世代を超えて、読む人に何かを与えてくれるのですから。

『小公女』もいつか読み直そう、と固く心に決めた春の午後でした。